タイトルを見て、ゴダイゴの歌を思い浮かべた人・・・・仲間ですね~。相当古いです(笑)。
1979年「国際児童年」のテーマ曲でした。それは私がちょうど大学に入学した年で、しかも「児童文化学科」という学科(大学改変で今はありませんが)だったので、児童教育学の試験でこんな問題が出されたのを覚えています。
「Every child has a beautiful name(子どもは誰もみな、素敵な名前を持っている)とはどういうことですか?
そのときどういう回答を書いたのかは忘れてしまいましたが。
名前は自己を他者から区別するもので、人権や人格とイコールなものと考えてよいのではないかと思います。結局、ひとりひとりの人権や人格を尊重しましょう、ということではないかと思うのです。
そういう意味で、名前って大事ですよね。
そして、人が自分をどう呼ぶかという「呼び名」も私はとても気になります。
呼び名って、自分と相手が親しいのかそうでないのか、あるいは目上なのか目下なのか、そういう関係性と深く関わってくるものだから。ときには、相手が自分のことをどう思っているかが、非常に簡潔に表現されちゃったりもするので、見過ごすことができません。
たいていは○○さんと名字で呼ばれることが多いですね。そして、ネットの知り合いからはMutukoさんとHNで(単に本名の下の名前なんですけど)。
職業柄、「先生」と呼ばれることもありますが、この呼び名はとっても不思議です。
「先生」というのは敬称なのに、「先生はね」と本人が使う場合がある。敬称を本人が使うというのは、他にはない特異な呼び名だ。 と何かで読んだことがあります。
そういえば、ピアノ教室の生徒(主に子ども)相手に、自分のことを「先生」と呼んでいました。(大人相手にはさすがに使いませんでしたが。)今から思えば、「私」で十分なのにね。
職業を尋ねられて、「私は何々の先生です。」と答える人は、悪いけど優秀な先生に思えないです。「何々の教師です。」または「教員」「講師」「インストラクター」適切な呼び名が他にあるでしょう。「教授」と自分で言うのはどうなんでしょう。役職だからOK?う~ん、わかりません。
相手を持ち上げるときに、先生でもない人を「センセー!!」と読んだりします。「社長!!」というのと同じ。これ、イヤラシイですね。自分は絶対言いません(笑)。
私は、生徒から「先生」と呼ばれるほかに、ネットの一部のドールハウス仲間から「センセー」とか「せんせ」とか呼ばれて(書かれて)います。生徒以外の人からそう呼ばれるのは、お尻がこそばゆくてあまり好きではないのですが。でも、これは、教えたがりの私の性格のせいで、いわば「身から出たサビ」のようなもの。仕方ないかな~。
「先生」についての話が長くなりましたが。
ドールハウス教室の生徒さんで、うんと年配の方がひとりいらして、その方が私のことを「あなた」と呼ばれます。実は今はそれがすごく気になっています。そして、他の人に私のことを言うときには「この人」。
他人が「あなた」と呼ぶときって、「あなたね~」とか何か非難めいた感じがするんですよね~。だから居心地がよくないの。お高くとまっているつもりはないんですけどね。
先生と呼ばなくていいから、せめて「○○さん」と名字で呼んでくれないかな~。
・・・・って、ここでぐちぐち書いてても仕方ないから、ご本人にお願いしてみようかな~。勇気がいるな~。
でもね、たぶん敬意をはらうに値しないんでしょうね、私。
・・・・・・・・・・・・・・・ま、いいけどね。
私はもともと、人と人とのあいだに上下関係を作るのが好きじゃないのです。
天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず。
この言葉、大好きです。福沢諭吉(先生と呼びたい。笑)
だから、必要以上に持ち上げられたり、逆にさげすまれたりするのは大嫌い。偉そうにするのも、偉そうにされるのもイヤ。
実際の自分より大きく見せようとするのは疲れるし、逆に謙遜しすぎるのも、実は嫌い。
私は私、等身大の私を見てよ、といつも思っています。
・・・・・・・・・・・
というわけなんで、そこんとこ、ヨロシク~。
・・・・・・・・・・
ここまで書いたところで、子どもの時のあだ名を思い出してしまいました。
Mutukoだから「おムツ」
これってずいぶんでしょう。そして、たまたま隣の席だった男の子が「カバ」っていうあだ名だったもんで、セットで「おムツカバー」って呼ばれてました。え~ん。
イジメよね、これってイジメよね。昔の子どもって残酷だったのよ~。←今でもそれは変わらないかもしれないけど。
「なんでこんな名前を付けたの~?」って親に聞いたら、
「睦子の睦はね、人と仲良くするっていう意味なの。誰とでも仲良くできる子になってほしいと思って付けたのよ。」って、立派な答え。
自分が「おムツ」と呼ばれていることは、親には絶対言いませんでした。
(いじめられっ子は親には言わないのです。やっぱり)
そして、私は長いあいだ自分の名前が大嫌いでした。こんな名前を付けた親をちょっと恨めしく思っていました。
でも、ちがうのよ。恨むべきは親ではなく、あだ名を付けたクラスメイトでしょう。
・・・・・と今ならわかります。
というわけで、私にこんなビューティフル・ネームを付けてくれた親への感謝をこめて、HNは単純ですけどMutukoなんです。
そこんとこ、ヨロシク~。